〇江戸時代〇
神奈川・大山神社へ続く大山街道(国道246号)上で、
江戸の町はずれを抜けた農村だったようです。
渋谷のシンボル・ハチ公が住んだ松濤(しょうとう)あたりは、
昭和初期ころでも茶畑が広がっていました。
〇明治時代〇
周辺に官舎(兵営)等が建てられて、
宮益坂・道玄坂の歓楽街や、宇田川町の百軒店などと
渋谷駅前とを結ぶ交差点となり、
多くの人びとが行き交いました。
〇終戦後~昭和①〇
先の大戦後の混乱期には、闇市(食糧難時代の露店、バザールみたいなもの)で
交差点周辺が埋めつくされ、10年ほどかけて整理撤去されて、
ハチ公前広場や地下商店街「しぶちか」などが整えられました。
〇高度成長期~昭和➁〇
百貨店(丸井・東急・西武)が相次いで進出して通行人が急増し、
1973年にいまのようにスクランブル交差点となりました。
✨21世紀に入り✨
サッカーW杯やハロウィンでこの交差点に集う群衆が
各種メディアで報道・拡散され、
渋谷のシンボルとして国内外に広く知られるようになり、
外国人観光客が、交差点で自撮りする姿も見かけるようになりました。
🔵令和🔵
渋谷駅周辺の再開発でできた「渋谷スクランブルスクエア」屋上には、
この交差点を見下ろすスポットもできています。
(なお、冒頭のイメージはヒカリエから撮ったものです)
閑話休題。
ある年の5/30(ゴミゼロの日)に、某社創業者の呼びかけで集まったひとびととともに、
この交差点からセンター街にかけて「早朝の清掃活動」をさせていただいたことがあります。
その時の記憶から、参加した多くの学生さんの清々しい姿が瞼(まぶた)によみがえって、
私にとって初心に帰ることもある場所でもあります。
