渋谷スクランブル交差点<50周年!>の今昔

渋谷スクランブル交差点|ヒカリエからの遠景2024.1月撮影 渋谷

 

〇江戸時代〇

神奈川・大山神社へ続く大山街道(国道246号)上で、

江戸の町はずれを抜けた農村だったようです。

渋谷のシンボル・ハチ公が住んだ松濤(しょうとう)あたりは、

昭和初期ころでも茶畑が広がっていました。

〇明治時代〇

周辺に官舎(兵営)等が建てられて、

宮益坂・道玄坂の歓楽街や、宇田川町の百軒店などと

渋谷駅前とを結ぶ交差点となり、

多くの人びとが行き交いました。

〇終戦後~昭和①〇

先の大戦後の混乱期には、闇市(食糧難時代の露店、バザールみたいなもの)で

交差点周辺が埋めつくされ、10年ほどかけて整理撤去されて、

ハチ公前広場や地下商店街「しぶちか」などが整えられました。

〇高度成長期~昭和➁〇

百貨店(丸井・東急・西武)が相次いで進出して通行人が急増し、

1973年にいまのようにスクランブル交差点となりました。

✨21世紀に入り✨

サッカーW杯やハロウィンでこの交差点に集う群衆が

各種メディアで報道・拡散され、

渋谷のシンボルとして国内外に広く知られるようになり、

外国人観光客が、交差点で自撮りする姿も見かけるようになりました。

🔵令和🔵

渋谷駅周辺の再開発でできた「渋谷スクランブルスクエア」屋上には、

 

この交差点を見下ろすスポットもできています。

(なお、冒頭のイメージはヒカリエから撮ったものです)

 

閑話休題。

ある年の5/30(ゴミゼロの日)に、某社創業者の呼びかけで集まったひとびととともに、

この交差点からセンター街にかけて「早朝の清掃活動」をさせていただいたことがあります。

その時の記憶から、参加した多くの学生さんの清々しい姿が瞼(まぶた)によみがえって、

私にとって初心に帰ることもある場所でもあります。